アーティスト・イン・プリズン!?英国 Ikon Galleryのレジデンス・プログラム

 

アーティスト・イン・レジデンスというのをご存知でしょうか。
アーティストがある場所に一定期間滞在して、作品制作を行うプロジェクトを「アーティスト・イン・レジデンス」と呼んだりします。

レジデンス施設が日本にもありますし、各国にあるので、アーティストは各プログラムに応募してその土地に滞在しながら制作・作品発表の機会を得ることになります。

通常は、住まうための居室と制作や展示のためのスタジオが用意されるのですが、なんと刑務所にこのレジデンスプログラムを設けたギャラリーがあるのです。それが、英国のバーミンガムにあるIkon Galleryによるプログラム「Artist in Residence at HMP Grendon」です。

Ikon Galleryがグレンドン刑務所(HMP Grendon)の協力のもとつくったプログラムで、グレンドン刑務所は、ヨーロッパで最初の治療共同体刑務所(TC:therapeutic community)と呼ばれる刑務所です。

治療共同体は、主に薬物依存や精神疾患等の対象者への集団参加型の治療を指し、グループセラピーやミーティングを特徴とします。このあと説明するとおり、治療共同体のこの集団参加型の特色がプログラムに生かされている感じがします。

このアーティスト・イン・レジデンスのプログラムでは、3年間、アーティストが滞在し、グレンドン刑務所に通い、受刑者らと対話や制作といった活動を行い、3年間の滞在のあと、Ikon Galleryにてアーティスト自身が制作した作品を展示します。

Ikon Galleryは、このレジデンスプログラムを通じて、投獄やリハビリテーションに関する公的な議論に人々を関与する機会をもたらすことを目的としています。

では、2014年〜2017年に滞在したアーティストEdmund Clarkの活動を紹介していきます。

2014〜2018年のレジデンスアーティスト、Edmund Clark

2014年から2017年の3年間という長期プロジェクトとして、最初に招かれたのが作家のEdmund Clarkです。写真とミクストメディアを用いる作風で、Ikonでのプロジェクトの以前にも、キングストン刑務所(HMP Kingston)、ランカスター少年刑務所(YOI Lancaster Farms)、グアンタナモ湾収容所(Guantanamo Bay)などの収容施設でのプロジェクトに取り組んでいます。

このレジデンスプログラムは毎年評価が行われており、作家へのインタビューがいくつか公開されています。英語が読める方はこちらをご参照ください。

Clarkが滞在を初めて1年が経過した時点で、英国の著名なキュレーターとして知られるIkonのディレクターJonathan Watkinsとのインタビューが行われています。Clarkが刑務所の仕組みに慣れ始めたことについて、以下のように語っています。

「刑務所は主に6つの棟(wing)から成り立っており、そのうちの4つで活動しているが、棟から別の棟への移動が想定以上に複雑でした。また、刑務所の官僚的な感覚にも慣れ、刑務所という環境でのさまざまなオペレーションを理解し、物理的に多くの扉の開閉を通過しながらある場所から別の場所へと移動するといった、その場所のリズムにゆっくりと慣れていきました。(中略)そこにいる人たちにとって私はまだかなり奇妙な生き物だと思います。私はまだ刑務所において未知数であり、カメラ機材を持っているときも、「何してるの?許可はとった?」と、時々私を制止します。」

カメラ機材の持ち込みについて許可は容易にとれるものなのかというWatkinsの質問に対して、Clarkは、

「持ち込む機材のシリアル番号まで記載したリストを作成し、毎回これを提出することで容易に持ち込めた。新たな機材を持ち込むたびにセキュリティ責任者の承認を得る必要があった」

と回答しています。しかし、Clarkは、そうした官僚的な形式的手続きのステップも期待していたものであり、Clark自身が対処し、そのことが制作をかたちづくる要素になると、前向きに捉えていました。

受刑者によるキュレトリアル・ワークショップと展示

また、グレンドン刑務所のような治療共同体刑務所は、集団参加型で常に仲間でミーティングやグループセラピーなどを通じて話しあい、共有し、コミュニケーションするためにあることから、受刑者がスタッフに批判的であったり、セラピストに反対したり、挑戦的であることもClarkには刺激として捉えられています。これは、他の刑務所ではなかった経験だというのです。

滞在中のClarkの役割について、Clarkは、Ikonに展示するための自身の作品を制作することと、受刑者をファシリテートして彼らが作品制作や展示を行うことを促進することの2つをあげています。

そして、2015年から2017年の3年間に毎年グレンドン刑務所のカンファレンスセンターにおいて、受刑者らの作品の展示(Art at HMP Grendon)を行っていました。この展示に向けて、何をしたいか、何を見せたいか、どのようにキュレーションをするかについて話し合い、実際に展示するスペースに行き、どの場所をどのように使うかなどについて話し合う場を作ってきました。

Watkinsはそれを「キュレトリアル・ワークショップのようだ」と述べています。さらに、Clarkによれば、展示会では受刑者らは自身の作品について外から訪れた人に話す機会を持っており、その時の姿はもはや受刑者ではなく1人のアーティストであるといいます。

Art at HMP Grendon 2016の様子
Art at HMP Grendon 2016の様子

Clarkによる制作・展示 In Place of Hate

Clarkは、2年間の滞在の後、3年目の2017年にIkonでの展覧会「In Place of Hate」を開催しました。本記事の最初の写真が、その展示作品のひとつです。

In Place of Hate

Yvonne Jewkesの展評 によれば、グレンドン刑務所の受刑者の4分の3は不定期刑であり、各自がいつ釈放されるかわからない状態で、長い時を過ごしており、特殊な時間の流れ方をしているといいます。Clarkが作品に用いていた写真は、そうした時間を内包し、長い禁固刑に対する恐れや苦痛、先入観、社会からの疎外感、匿名性などを視覚的に表しています。

写真はピンホールカメラを用いて男性が不明瞭にぼやけた状態で映されており、その構図は犯罪者が逮捕後に撮られる写真(マグショット)から着想されているようです。ぼやけた受刑者の写真とは対照的に、明るくクリアに映された植物は、グレンドン刑務所内における時間の経過とともに成長する全てのものを選びとり、刑期の長さを思い起こさせるメタファーであるとともに、また、刑務所というかけ離れた場所であっても日常的な愛らしさや美しさがあることを感じさせるといいます。

Clarkは、別のインタビューにおいて、ピンホールカメラを用いた理由を次のように説明しています。

私は受刑者を特定する画像を用いてはいけないと言われていました。それには正当な理由があります。被害者とその家族を保護するためです。また、場合によっては、出所後の受刑者を守るためでもあります。私はそれを理解しましたが、別のレベルでは、一度犯罪を犯して刑務所に入ると、その人間性が不可視となり、不在となるという考え方の延長として考えました 。

受刑者の顔を公の場(ギャラリー)には出さないという倫理的配慮であると同時に、その顔の不可視性自体を刑事司法制度の不可視性や、人間性の不在を示すものとしてゴーストのようなイメージに結びつけているのです。

芸術を通じて社会に問いかける役割

Arts in Prisonにおいて、芸術やアートがセラピー的に役立つものであったり、演劇などの分野ではコミュニケーションスキルの獲得といった、受刑者の更生に役立つものとして扱われがちです。

しかし、このレジデンスプログラムは、受刑者自身が前向きになったり、変わっていくことだけでなく、社会の側の認識をも問いかけていこうとする姿勢があります。それは、当初紹介したとおり、Ikon自身がこのプログラムの目的として「投獄やリハビリテーションに関する公的な議論に人々を関与する機会をもたらすこと」をあげており、このレジデンスプログラムの3年間の評価を次の2つの観点から行っているのです。

それは、「レジデンスプログラムは、刑務所、リハビリテーション、犯罪に関するクリティカルな議論にどの程度貢献したのか」と、「レジデンスプログラムは、その受刑者が犯罪から遠ざかることにどの程度影響を与えたのか」の2つです。

この2つの観点から、59ページにも及ぶ評価レポートが作成・公開されていて、文献調査、半構造化インタビュー調査(対象:アーティスト、HMP Grendonの職員、受刑者など)、イメージ・エリシテーション・インタビュー調査 (image-elicitation interview)、参与観察、メディア分析といった様々な手法を用いて評価しています。

刑事司法に関する議論の場の代表格はマスコミ報道やSNSといったメディアになるわけですが、一種の偏りや暴力が生まれがちです。ネットの書き込みを見ればわかることです。芸術を介した”公的な”議論の場というのは、通常あるコミュニケーションの場とは異なる思考やコミュニケーションの方法を示しうるかもしれません。

なお、Clarkに続く2019年から2022年のレジデンス・アーティストとして、Dean Kellandが既に選ばれおり、この活動は今後も継続していく予定です。次の制作が楽しみですね。

2019-2022年のレジデンスアーティストDean Kelland(Ikonのホームページより)

 

参考文献

  • Document of Ikon Gallery,2015,“Taking Everyone Else into Account Edmund Clark in conversation with Jonathan Watkins”
  • Jewkes ,Yvonne(2018),“In Place of Hate” Prison Service Journal No.239, HM Prison Service of England and Wales
  • Fiddler, Michael(2018),“Interview with Edmund Clark” Prison Service Journal No.239, HM Prison Service of England and Wales